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浦和地方裁判所 昭和61年(ヨ)888号

債権者

渡辺治美

右訴訟代理人弁護士

神山祐輔

梶山敏雄

山本政道

福地輝久

債務者

有限会社三矢タクシー

右代表者代表取締役

矢部雅美

右訴訟代理人弁護士

高井伸夫

山崎和義

小代順治

末啓一郎

高下謹壱

主文

一  債権者の申請を却下する。

二  訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  債務者は、債権者に対し、昭和六一年九月二一日から本案判決確定に至るまで、毎月二七日限り月額三〇万〇七二二円の割合による金員を支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  (被保全権利)

(一) 債務者は、タクシーによる一般乗用旅客自動車運送事業を営む有限会社である。

(二) 債権者は、昭和五五年六月一日、債務者にタクシー運転手として雇用された。

(三) ところが、債務者は、債権者を解雇したとして、昭和六一年九月二四日以降債務者の従業員たる地位を争っている。

(四) 債権者は、債務者から、賃金として昭和六一年六月分二六万四一六五円、同年七月分三一万五〇六七円、同年八月分三二万二九三二円(平均三〇万〇七二二円)の各支払いを毎月二七日に受けていた。

2  (保全の必要性)

債権者及びその家族(妻、高校一年生の長男)は、債務者から支払われる賃金と妻が経営するいわゆるスナックからの収益(月額約一五万円)とを生計の糧として生活してきたものであり、本件解雇により、債権者の家族は今後その主たる収入の途を断たれたもので、保全の必要性は明白である。

3  よって、債権者は債務者に対し、債務者の従業員たる権利を有する地位にあることを仮に定めること及び昭和六一年九月二一日以降本案判決確定まで債務者から支払を受けていた平均賃金額に相当する金三〇万〇七二二円を賃金支払日である毎月二七日限り支払うことを求める。

二  申請の理由に対する認否と主張

A  被保全権利について

(一) 申請の理由1は、すべて認める。

(二) 債務者は、次に述べるような経緯で、昭和六一年九月二四日、債権者に対し、債務者会社就業規則に基づき、予告手当を提供したうえ、同日限り懲戒解雇する旨の意思表示をしたので、債権者と債務者との間の雇用関係は同日限り消滅している。

すなわち、

(1) 債権者は、昭和六一年八月三一日午後一一時五〇分ころ、与野市所在のすし屋から電話で債務者にタクシーの配車を求めてきた。そこで、債務者は従業員宮本文男(以下、「宮本」という。)運転にかかるタクシーを配車した。

債権者は、右タクシーが前記のすし屋に到着した際には飲酒しているようであったが、話し方や歩き方は平常であり、同伴の女性(元島志津子、以下、「元島」という。)を後部進行方向右座席に着かせ自らは同女左隣に着座した。

宮本は、債権者の指示に従い浦和市上木崎四丁目所在の榎木ビルに向かってタクシーを運転していた(この間、宮本は世間話をしていた。)が、大原陸橋下交差点において停車した際、債権者は目的地を吉敷方面へと変更するよう指示した。そこで、宮本は指示どおりに運転するため前記交差点を左折して旧中仙道に入った。

(2) このころ(午後一一時五五分ころ)から、債権者は独り言のように訳の分からないことを喋り出したが、宮本は取り合わないでいた。

債権者は、宮本の態度に立腹し、タクシーが旧中仙道沿いの埼玉県中央信用組合浦和支店前付近を通過したあたりで、いきなり、「おい、なんだ、返事をしないのか。」と怒り始め、「この野郎、てめえなまいきだ、ぶっ殺してやる。」等と大声をあげた。更に、債権者は、運転席に身を乗り出したうえ、左腕を伸ばして運転中の宮本のネクタイの結び目あたりとワイシャツの襟首をつかみ、強く後ろに引っ張ったため、宮本は息ができなくなるほど首を絞められた。

宮本は、不意のことで驚いたが、酔っぱらいの冗談と思い、「ナベさん冗談はよしてくれ、こっちは仕事だ。」と叫んだ。しかし、債権者は手を緩めずそのまま引っ張っていたために、宮本の運転するタクシーは走行車線から対向車線に侵入しそうになった。このため、債権者は一旦は手を離した。

ところが、債権者は、タクシーが浦和市上木崎四丁目所在のときわ相互銀行与野支店付近を通過したあたりで、更に興奮し、再度「この野郎、ぶっ殺してやる。」と大声を出し、前同様に宮本のネクタイの結び目あたりとワイシャツの襟首とにつかみかかり、ネクタイの結び目が後ろに回ってしまうほど強く引っ張った。このため、宮本の頭部は左後方に傾いたが、債権者は、今度はネクタイや襟首をつかんでいたこぶしで宮本の左後頭部をこづき始めた。

これに対し、宮本は「やめてくれ。」と何回も叫んだが、債権者は全く力を緩めず、ネクタイや襟首を引っ張って首を絞め、左後頭部を五、六回こづいた。この間、宮本は債権者に運転を妨害されながらもタクシーの速度を落とすなどして走行を続け、債権者の暴行を逃れるために、進行方向にある浦和市上木崎二丁目所在の債務者本社にタクシーを乗り入れたが、債権者は、その直前に、宮本から手を離した。

(3) 宮本は、債務者本社内に駆け込むと(九月一日午前〇時ころ)、「ナベさんに首を絞められた。」と叫び、当夜無線係をしていた蓮見章次所長(以下、「蓮見所長」という。)に助けを求めて、事務所の奥に逃げ込んだ。

ところが、債権者は、タクシーから降りると、「てめえ、なまいきだ。」などと怒鳴りながら宮本を事務所内まで追いかけていき、宮本に対し、事務所入口近くのカウンター上にあったガラス製の直径一五センチメートル位の灰皿を投げ付けようとした。蓮見所長はこれをやっとのことでとめたが、債権者はなお興奮状態にあり、着ていた和服の前をはだけ胸のあたりに彫ってある入れ墨を見せて、「俺はこういうものだ。警察に行くなら行け。」などと大声で騒ぎ、更に、「お前みたいなやつは死んでしまえ。」「いなくともいい。」「殺してやる。」などの暴言を吐き続けた。

九月一日午前〇時三〇分ころになって、債権者は蓮見所長や宮本になだめられやっと落ち着いた。

(4) 宮本は、債権者の右一連の暴行により全治まで二週間を要する頸部挫傷の傷害を受けた。宮本の受けた暴行は当時着ていた白ワイシャツの襟部分の糸目が半分近くもちぎれ、ネクタイの青い色が襟首に染み付く程激しいものであった。

そして、宮本は、債権者の右暴行による左後頭部の鈍痛のため次の出番予定日である九月二日の勤務を休まざるをえなかった。債務者は欠勤していた宮本を呼び出して事情を聞いた(同日宮本は大宮市浅間町所在の野中病院において診察を受けた。)。

(5) 債務者代表取締役矢部雅美(以下、「矢部」という。)は債権者の前記の暴行・傷害行為を知り、昭和六一年九月一日の夕刻、蓮見所長から事情を聞いたが、債権者からは同人が同日無断欠勤していたため、事情を聞くことができなかった。

(6) そこで、債務者は、九月三日、出勤してきた債権者から事情を聞いたところ、債権者は前記の暴行・傷害行為につき、「五、六軒飲み歩いていたのでよく覚えていない。」などと弁解するのみで、反省の言葉を一言も出さなかった。

(7) 債務者は、(4)ないし(6)のとおり宮本、蓮見、債権者から事情を聴取したうえで、債権者の行為は極めて危険なものであり、また、宮本が全治まで二週間を要する傷害を負っているので、債権者を厳重に処分することとしたが、最終的な処分は後日行うこととして、昭和六一年九月三日、債権者に対し、口頭で懲戒処分前の就業制限に付した(別紙就業規則(抄)(以下、「就業規則」という。)第九二条)。

(8) 債権者は、同日の夕刻、宮本宅を訪ねたが、自らの行為を「全くささいなことである。」として、宮本に対して謝罪もせず、誠意のある態度を全く示さなかった。

(9) 債務者は、九月一〇日ころ債権者から事情を聞いたが、その際にも、債権者は全く反省の態度を示さなかった。

(三) 就業規則に定める懲戒事由該当性

債務者は、<1>債権者が自己もタクシー乗務員であるから、交通安全に関し、一般の自動車運転者以上の注意を払うべき立場にありながら、夏の交通安全期間(昭和六一年七月二一日から同年八月三一日まで)の最終日に、宮本に対してした(二)(1)、(2)、(4)の暴行・傷害行為が債務者の就業規則第九八条八号「社会的規範に反する行為(刑罰にはふれなくとも一般社会通念上当然してはならないこと)があって、会社、または従業員たる体面を汚したとき。」、同条九号「酒気を帯びて勤務したとき、または勤務外といえども飲酒運転、その他タクシー会社の従業員としてあるまじき行為をしたとき。」、同条一〇号「会社内で許可なく飲酒し、または酒気をおびて会社に入場するなど風紀紊乱の行為があったとき。」、同条一一号「事業場の内外を問わず、窃盗、暴行、脅迫、賭博などの不法行為をしたとき。」に該当し、<2>債権者が宮本や蓮見所長の業務遂行を妨害した(二)(3)の行為は同条三三号「故意に業務の能率を低下させ、または業務遂行の妨げになる行為をしたとき。」に該当すると判断し、本事件後の(二)(5)、(6)、(8)、(9)の事情も考慮したうえで、昭和六一年九月二四日、債権者に対し、口頭で同人を同日付けで懲戒解雇(就業規則第八九条七号)する旨の意思表示をしたのである。

B  保全の必要性について

申請の理由2のうち、債権者の家族構成は認めるが、その余は争う。

三  債務者の右主張(二A(二))に対する債権者の認否と主張

A  認否

1二A(二)に対し

冒頭の主張のうち、債務者が債権者に対し、昭和六一年九月二四日、予告手当を提供したうえ同日限り懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは認めるがその余は争う。

(1)は認める。

(2)は否認する。

債権者は、当時組合の委員長であったが、宮本が組合に不満を持っており、そのことが組合の団結を固め組合員が一致協力して組合活動をしていくうえで支障があったので昭和六一年八月三一日夕方、宮本に対しどのように対処すべきかにつき組合の執行委員と話し合い、債権者から宮本に話をしてみることになった。そして、帰宅の際、タクシーを呼んだところ、たまたま宮本の乗務するタクシーが配車されたので、債権者は良い機会だと考えて、宮本に対し、組合活動について話しかけたのである。ところが、宮本は、故意に債権者の話を無視し返事をしなかったばかりか、債権者から女性(元島)の前で説得されたことが気に入らなかったのか、債務者本社の前まで来ると突然タクシーを止めて「降りろ。」と言った。これに対して、債権者は、「何故、降ろすのだ。」と言って、後部座席から手を伸ばして宮本の左肩に手をかけたところ、宮本は車外に出てしまった。

以上が事実経過である。

(3)は否認する。

債権者は、宮本の後から債務者本社事務所に入ったがこれは宮本が乗客である債権者と元島とを勝手に放置して降車したので、その責任を果たさせようとしてしたのであり、この際、事務所にいた蓮見所長に宮本の非常識な行為を訴えたのである。しかし、灰皿を投げ付けようとしたことや暴言を吐き続けたことはない。

(4)について

宮本が九月二日に欠勤したこと、病院で診察を受けたことは認め、同日、債務者が宮本から事情を聞いたことは不知、その余の事実は否認する。

病院で診察を受けたのは、債務者代表者から、「これは会社の問題だから俺に任せろ。」との強い勧めがあったからである。

(5)について

債権者が無断欠勤したことは否認し、その余の事実は不知。

債権者は、九月一日午前七時四〇分ころ、蓮見所長に欠勤するかもしれない旨の電話をし、蓮見所長もこれを了解している。

(6)について

債務者が債権者から事情を聞いたことは認め、その余は争う。

債権者は「暴行・傷害行為などやった覚えがない。」と言ったのであり、「よく覚えていない。」と弁解していない。

(7)について

債務者が、債権者に口頭で「二、三日自宅待機だ。」と言われたことは認め、その余は不知ないし争う。

(8)について

債権者が、宮本宅を訪ねたことは認め、その余は否認する。

債権者が宮本宅を訪ねたのは、宮本が債務者から事情を聴取されたと聞き、宮本が事情聴取に対し債務者の主張するように債権者が悪いと言っているとすれば、もともと組合のことが発端であるから、宮本の気持ちを聞いたうえで言い過ぎたことがあれば謝ろうと考えてのことである。

宮本宅を訪ねた際、宮本は「行きたくなかったが社長に来いと言われたので会社へ行った。ナベさんも酒のうえでのことだからもう良いと言ったのだが、社長がこれは会社の問題だから、俺に任せろと言われたので任せた。」と話した。

(9)は否認する。

2 そもそも債務者には有効な就業規則は存在せず、本件懲戒解雇の根拠となる規定は存在しない。

すなわち、債務者は、昭和六〇年四月二九日ころ、本申請において主張している就業規則を、三矢タクシー労働組合(以下、「組合」という。)に示し、その意見を求めた。

そこで、組合は、債務者に対し、右就業規則が債務者の一方的な都合のみを優先したものであってそのままでは受け入れがたい旨の意見を書面で提出した。

ところが、債務者は、労働基準法八九条、九〇条二項に定める手続きにしたがって右就業規則に組合の意見を記載した書面を添付して労働基準監督署に届出をするということをしないまま放置している。

また、債務者は、労働基準法一〇六条一項により求められている右就業規則を債務者の従業員に周知すべき義務を果たしていない。

したがって、右就業規則については労働基準法で定める手続きを履践していないから、債務者において就業規則には法規範性が存在しないのである。

B  主張

かりに、就業規則の効力が認められ、債務者主張のように就業規則の懲戒規定に該当する事実があるとしても、本件懲戒解雇は次の事由により無効である。

(一) 不当労働行為

(1) 組合結成の経緯

債務者は、昭和六〇年一月一七日、乗務員らに対しそれまでの賃金支給基準を改めると通告してきた。これに対して、乗務員らは支給額が低下するとして反対した。

その後、債務者は、乗務員の有志を集めて賃金の切り下げの理由を説明したが、乗務員らが納得するような資料を何ら示すこともなく、合理的な理由を明らかにすることがなかった。

このように債務者の一方的な都合で賃金の切り下げが行われようとするのは、労働組合がないからではないかということになり、債権者を含む乗務員全員をもって、昭和六〇年三月二日、労働組合を結成した。

右結成にあたり、債権者は右組合の執行委員長に就任し、結成に際し中心的な役割を果たした。

(2) 組合の活動

組合は、その結成後、債務者との間で団体交渉を行い、賃金切り下げの撤回を要求してきたが、債務者はこれに応じないばかりか、昭和六〇年四月分から労働組合との合意なしに切り下げた賃金体系に基づき給与を支払い始めた。

そこで、組合員のうち一六名が、賃金などの労働条件に関する事項は原則として労働者の同意なくして使用者が一方的に不利益に変更できないとして、昭和六一年三月七日、債務者に対し、未払い賃金請求訴訟を提起した。

(3) 労働組合の弱体化・壊滅のための債権者排除工作

債権者は、組合の結成にあたり、また、組合との交渉において中心となって活動してきた。しかし、債務者は、賃金切り下げを実行するためには組合と債権者とが障害になると考えており、組合が債権者らを中心として訴訟提起したことに対して、これを嫌悪し、何らかの理由をもって債権者を職場から排除し、組合の弱体化・壊滅をもくろんでいた。

そこで、債権者・宮本間の事件が起こったため、債務者は、債権者の勤務時間外に生じた債権者には非のない組合員間のささいなトラブルに藉口して、債権者を職場から排除するため懲戒解雇したのであって、本件懲戒解雇は労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為にあたり無効である。

(二) 解雇権の濫用

本件の債権者・宮本間の事件は、債権者の勤務時間外の行為であり、債権者が乗客として乗車していた際のことでもあることや、宮本の受けた被害が全くないといってよいことからみても、また、他の従業員が同種行為ないしより悪質な暴力行為を行った場合の過去の処分例からみても、債権者に懲戒解雇をもって臨むのは酷に過ぎる。

しかも、債務者は前記のとおり労働組合の執行委員である債権者を職場から排除することができる機会を窺っていたものであって、本件解雇はこのような不当労働行為的動機から行われた。

したがって、本件解雇は解雇権の濫用により無効である。

四  債権者の右認否(三A2)に対する債務者の反論と債権者の右主張(三B)に対する認否

1  就業規則について

(一) 就業規則の届出

債務者は、昭和六〇年八月、浦和労働基準監督署に就業規則を意見を記載した書面を添付して届出ようとしたが右監督署の担当官にその受領を拒否されたのであって、債務者が届出を怠ったわけではない。

(二) 就業規則の周知

債務者は、昭和六〇年一月一七日、右就業規則に関し、説明を行い、同年五月以降債務者本社二階の休憩室にこれを備えつけ、従業員に周知させている。

2  不当労働行為(三B(一))について

(一) 三B(一)(1)のうち、債務者は、昭和六〇年一月一七日、乗務員らに対しそれまでの賃金支給基準を改めると通告してきたこと、その後、債務者は、乗務員の有志を集めて賃金の切り下げの理由を説明したこと、債権者を含む乗務員全員をもって、昭和六〇年三月二日、労働組合を結成し、その際、債権者は右組合の執行委員長に就任したことは認め、債務者の一方的な都合で賃金の切り下げが行われようとするのは、労働組合がないからではないかということになったこと、債権者が労働組合の結成に際し中心的な役割を果たしたことは不知、その余は否認する。

(二) 三B(一)(2)のうち、組合は、結成後、債務者との間で団体交渉を行い、賃金支給基準改定の撤回を要求してきたが、債務者はこれに応じず、昭和六〇年四月分から労働組合との合意なしに賃金支給基準改定後の賃金体系に基づき給与を支払い始めたこと、組合員のうち一六名が、昭和六一年三月七日、債務者に対し未払い賃金請求訴訟を提起したことは認め、賃金支給基準改定後の賃金体系によれば賃金切り下げになるとの点は否認し、その余は争う。

(三) 三B(一)(3)のうち、債権者は、組合の結成にあたり、また、組合との交渉において中心となって活動してきたことは不知、本件懲戒解雇は労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為であり無効であるとの点は争い、その余は否認する。

3  解雇権の濫用(三B(二))について

本件の債権者・宮本間の事件は、債権者の勤務時間外の行為であり、債権者が乗客として乗車していた際のことでもあることは認め、債権者に懲戒解雇をもって望むのは酷に過ぎるとの点及び本件解雇は解雇権の濫用により無効であるとの点は争い、その余は否認する。

理由

一  申請の理由1の事実は当事者間に争いがない。

二  懲戒解雇の意思表示

しかしながら、債務者が、昭和六一年九月二四日、債権者に対して、口頭により、同日付けで懲戒解雇する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

三  懲戒解雇の意思表示の効力

1  債権者の暴行障害等

(一)  事実欄二A(二)(1)の事実については当事者間に争いがない。

(三)(ママ) (証拠略)によれば、同(二)(7)の事実のうち、債務者は、昭和六一年九月三日、債権者に対し口頭で、本件就業規則に基づく懲戒処分前の就業制限に付す旨通知したことが一応認められる。

(四)  同(二)(8)、(9)の各事実は、(証拠略)債権者本人及び債務者代表者本人の各審尋の結果によりこれを一応認定することができる。

3  就業規則の効力と適用について

(一)  ところで、債務者は、本件懲戒解雇をするについては債務者の就業規則の懲戒規定を適用した旨主張するところ、債権者は、債務者の就業規則は労働基準法所定の労働基準監督署長への届出もなされておらず、また労働者への周知義務も履践されていないから無効であると主張するので、まずこの点について検討する。

(証拠略)によれば、債務者は、昭和六〇年二月一七日、債務者の従業員代表約一〇名に対し、懲戒解雇事由を定める規定を含む就業規則(<証拠略>)を配付し説明したが、同年三月二日、債務者の乗務員ら全員によって組合が結成された(当事者間に争いがない。)ので、同年五月はじめまでにその意見を徴したうえ間もなく債務者は本件就業規則を債務者本社二階の休憩室に吊り下げて、従業員らの閲覧に供していたことが一応認められる。

したがって、前記周知義務は履践されたと一応みることができる。

これに対し、債務者がその主張の就業規則について労働基準法所定(同法八九条一項、同法施行規則四九条一項)の所轄労働基準監督署長への届出をしたと一応認めるに足りる疎明資料はなく、かえって(証拠略)によれば届出はされていないことが一応認められる。

しかし、労働基準法が使用者に対し右届出義務を課した趣旨は就業規則の内容についての行政的監督を容易ならしめようとしたものに過ぎないと解されるから、右義務違反に対して罰則が課されることがある(同法一二〇条一号参照)ことはともかく、届出の有無は就業規則の効力に消長を来さないと解するのが相当と考える。

そうすると、債務者主張の就業規則について労働基準監督署長への届出がなされていないからといって右就業規則が無効であるとはいえない。

(二)  そこで就業規則適用についての債務者の主張の当否について検討するのに前記三1、2に認定した事実関係に照らすと、債務者の就業規則適用についての主張は是認できる。

4  不当労働行為ないし解雇権濫用の主張について

(一)  不当労働行為の成否

(1) 当事者間に争いのない事実及び疎明資料により一応認められる事実は以下のとおりである。

債務者は、昭和六〇年一月一七日、乗務員らに対して、従来の賃金支給基準を改めると通告してきたこと(当事者間に争いがない。)を契機として、賃金支給基準をめぐり債務者と乗務員らとの間で対立関係が生じたため、乗務員らは労働組合を結成して交渉を有利に進めようと考え(<証拠略>及び審尋の結果により一応認められる。)、昭和六〇年三月二日、組合を結成した(当事者間に争いがない。)。その際、債権者は中心的な役割を果たし(<証拠略>及び審尋の結果により一応認められる。)、右労働組合の執行委員長に就任した(当事者間に争いがない。)。

その後も、債務者と組合との間で交渉が続けられたが、債務者は、新たな賃金支給基準についての合意に至らないうち、昭和六〇年四月分の給与から賃金支給基準改定後の賃金体系に基づき給与の支払いを始めた。そこで、組合員のうち一六名が、昭和六一年三月七日、債務者に対して、未払い賃金請求訴訟を提起した(当事者間に争いがない。)。

(2) 本件懲戒解雇は、以上のような状況の下で、昭和六一年九月二四日されたが(当事者間に争いがない。)、更に進んで、債務者が本件懲戒解雇をした理由が債務者の提案にかかる新賃金支給基準実施につき組合が障害になるものと考えてこれを嫌悪し、その弱体化・壊滅を企て、執行委員長であった債権者を職場から排除することにあったとは本件の全疎明資料によってもまだ一応認めるに足りない。

なるほど、本件懲戒解雇には、既に一応認定したとおり、債務者と乗務員ら(組合)との間の賃金支給基準をめぐる対立状況の下でされたものであるから、執行委員長であった債権者が解雇されたならば、債務者との交渉において組合が何らかの影響を受けることを推測するに難くない。しかしながら、組合に影響があることが本件懲戒解雇を当然に、労働組合法七条一号、三号にいう不利益取扱いないし支配介入とするものではなく、不当労働行為の成否は、懲戒解雇事由に該当する事実が存在するとき、そのような事実があれば誰であれ懲戒解雇されても已むを得ないものと言わざるを得ないかどうかの判断にかかっているのである。

ところが、既に判断したとおり、本件において債権者がした行為は、それにより懲戒解雇されても已むを得ないと言わざるを得ないものである以上、右懲戒解雇により組合に悪影響が生じたとしても、そのことの故に不当労働行為の成立を認めることはできない。

(3) 以上のとおりであるから、本件懲戒解雇が不当労働行為にあたり無効であるとの債務者の主張は理由がない。

(二)  解雇権の濫用の有無

(1) 債権者の宮本に対する本件暴行・傷害は、債権者の勤務時間外に、債権者が乗客として乗車した際にされたものであることは当事者間に争いがない。しかしながら、<証拠略>によれば、「勤務外といえども飲酒運転、その他タクシー会社の従業員としてあるまじき行為をしたとき」は懲戒解雇事由となることが就業規則に明定されていることが一応認められ、タクシー会社である債務者会社の乗務員である債権者がタクシー運転中の債務者会社の乗務員に前記のような暴行を働いたという事案の性質にもかかわらず、なお債務者の債権者に対する懲戒解雇権の行使を濫用であると一応認めるに足りる疎明資料はない。

(2) したがって、本件懲戒解雇が解雇権の濫用にあたり無効であるとの債権者の主張も理由がない。

5  そうすると、本件懲戒解雇の意思表示は昭和六一年九月二四日限り効力を生じたといえる。

四  結論

1  したがって、債権者の本件仮処分申請中地位保全を申立てる部分および昭和六一年九月二五日から本案判決確定まで賃金相当額の金員の支払いを求める旨申立てる部分は被保全権利について疎明がないというべきである。

2  これに対し、本件仮処分申請中昭和六一年九月二一日から同年九月二四日までの賃金相当額の金員の支払いを求める旨申立てる部分は、解雇の効力が生ずる以前に関するものであり、同一には論ぜられないものである。

しかしながら、<証拠略>によれば、債務者の就業規則には第九二条のような定めがあり、懲戒処分前の就業制限措置として就業を停止した場合はその間賃金を支給しないこととされているところ、債務者代表者審尋の結果によれば、債権者は昭和六一年九月三日ころ、債権者に対して右懲戒処分前の就業制限として処分決定まで就業停止に付したことが一応認められる。

そうすると、本件仮処分申請中昭和六一年九月二一日から同年九月二四日までの賃金相当額の金員の支払いを求める旨申立てる部分も被保全権利について疎明がないといわざるをえない。

3  そして、疎明に代えて保証を立てさせることも相当ではない。

五  むすび

よって、本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小笠原昭夫 裁判官 平林慶一 裁判官 永井裕之)

就業規則(抄)

第八九条 (懲戒の種類、方法、および決定)

懲戒は、譴責、減給、降格、乗務停止、出勤停止、諭旨解雇、および懲戒解雇の七種とし、つぎのとおり措置する。ただし、情状酌量の有無、または反省の事情によって処分を軽減、あるいは加重することがある。

一 譴責 将来を戒める。

二 減給 一回について平均賃金の半日分以内を減給する。ただし、その総額は、その月の賃金総額の一〇分の一を超えることはない。

三 降格 資格、職階を引き下げる。

四 乗務停止 一定期間乗務を停止し、再教育を受けさせ、または他の業務に従事させる。

五 出勤停止 二〇日労働日以内の期間を定めて出勤停止を命ずる。出勤停止期間中の賃金は一切支給しない。

六 諭旨解雇 予告期間をもうけるか、または予告手当を支給して解雇する。この場合、退職金を支給するが、情状により支給額を半額まで制限することがある。

七 懲戒解雇 予告期間を設けないで即時解雇し、退職金を支給しない。この場合、所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは、予告手当を支給しない。

第九二条 (懲戒処分前の就業制限)

違反行為者に対して懲戒処分が決定するまでの間、会社は当該従業員に対し他の勤務につかせ、または就業を停止するなど、就業を制限することがある。就業を停止した場合は、その間賃金を支給しない。

第九八条 (諭旨解雇、懲戒解雇)

従業員がつぎの各号の一に該当するときは、諭旨解雇、または懲戒解雇に処する。

一 前条の懲戒を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込がないとき。

二 出勤状態が常でなく、注意を受けても改めないとき。

三 正当な理由がなく無届欠勤が多いとき。

四 虚偽の申告をしたとき。

五 雇入れの際、採用条件の要素となるような経歴を偽ったとき。

六 許可なく在籍のまま他に就職、または就任し、あるいは自己の営業をしたとき。

七 刑事上の罪にとわれ、懲戒解雇することが適当と認めたとき。

八 社会的規範に反する行為(刑罰にはふれなくとも一般社会通念上当然してはならないこと)があって、会社、または従業員たる体面を汚したとき。

九 酒気を帯びて勤務したとき、または勤務外といえども飲酒運転、その他タクシー会社の従業員としてあるまじき行為をしたとき。

一〇 会社内で許可なく飲酒し、または酒気をおびて会社に入場するなど風紀紊乱の行為があったとき。

一一 事業場の内外を問わず、窃盗、暴行、脅迫、賭博などの不法行為をしたとき。

一二 会社の、または会社が保管している金品、あるいは遺失物を横領、窃取したとき。

一三 業務に関して不正な金品などを強要し、またこれを受けたとき。

一四 業務に関して会社を欺き、会社に損害を与えたとき。

一五 職務上の地位を利用して自己の利益をはかったとき。

一六 職務の権限範囲を越えて独断的行為をしたとき。

一七 職務上知り得た会社の秘密、または会社が不利益となる事項を社外に洩らし、あるいは洩らそうとしたとき。

一八 外部から指摘を受ける言動を行い、会社の信用を傷つけまたは会社に損害を与えたとき。

一九 故意、または重大な過失によって、車輌、機械器具、工作物、建造物その他の物品をき損し、または紛失したとき。

二〇 業務上の怠慢によって、火災、障害等の事故を発生させたとき。

二一 許可なく、または偽って会社の車輌を持ち出したり、私用に供したり、あるいは他人に使用させたりしたとき。

二二 許可なく会社の車輌を放置したとき。

二三 自家用車でタクシー営業類似行為をしたとき。

二四 正常に納金しなかったとき。

二五 料金メーターの不正操作、メーターの封印破壊、不当料金請求または収受、乗車チケットの不正使用、乗車拒否、事業区域外営業、などの違反行為があったとき。

二六 重大事故を起し、その原因、および前後措置などについて情状が悪いとき。

二七 交通法規違反事案などについて、当局に対し反抗、または偽る行為があったとき。

二八 得意先、または旅客に対し、暴行、侮辱を加えるなど、サービス精神に反する行為があったとき。

二九 会社の経営に関し、故意に真相をゆがめ、またはねつ造して宣伝、流布あるいは通報したとき。

三〇 不用意な流言蜚語を行ったり、従業員をそそのかしたり、または煽動したとき。

三一 正当な理由なく、異動、出向を拒否したとき。

三二 業務上の指示、命令に不当に反抗して事業場の秩序を乱したとき。

三三 故意に業務の能率を低下させ、または業務遂行の妨げになる行為をしたとき。

三四 単独、または共謀して業務を放棄したとき。

三五 会社の諸施設、または車輌を不当に占拠したとき。

三六 車輌、エンジンキー、車体検査証、自動車損害賠償責任保険証、料金メーター検査証、その他自動車の運行に必要な請書類などを許可なく所持し、または隠匿したとき。

三七 無線の取扱いで、応答拒否、通話妨害、または暴言をはくなどの行為があったとき。

三八 会社の施設内で、または施設、車輌を利用して、許可なく文書、図書、印刷物、およびこれに類するものを配布、掲示したり、あるいは演説、放送などを行ったとき。

三九 会社の文書、掲示物等を故意に汚損、改変、破棄し、または隠匿したとき。

四〇 就業時間中、または会社の施設、車輌などを利用して、許可なく労働組合活動、あるいは政治活動をしたとき。

四一 法令、労働協約、または就業規則に違反して争議行為を行い、あるいは行わせたとき。

四二 前各号に準ずる行為があったとき。

四三 前条各号に該当して、その情が重いとき。

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